【メッシュワークのみちすがら。】頭と足元をつなぐ良き首のあり方
こんにちは。メッシュワークメンバーの田口響生(ひびき)です。メッシュワークメンバーが持ち回りでエッセイを配信するシリーズ「メッシュワークのみちすがら。」、第二弾は、私が担当させていただきます。
私は現在大学院生で、主に中央アジアをフィールドに研究を行なっています。この度縁あって、フィリピンに本部がある国際機関で2ヶ月ほど中央アジアを担当する研究員としてインターンをさせていただくことになり、先週からマニラで研究活動に勤しんでおります。
前回の第一弾で、田口澪(みお)が「首」をモチーフとしてエッセイを書いたことをきっかけに、他のメンバーも首をモチーフとしたエッセイを書くことになりました。そのため、マニラに着いてからずっと「首っぽいもの」を探す1週間を過ごしておりました。そうやって探してみると、思いのほか首っぽいものがなくて困りました。ビルや木、電柱など細長いものはたくさんありますが、それだけでは首に見えてこないものですね。そんなことをぐるぐる考えながらマニラで1週間を過ごしていました。

みちすがら見つけた少し首っぽいビル
第一弾では、田口澪(みお)が首を「人や環境、偶然の出会いとの関わりの中で物事が形づくられていく象徴」として書きましたが、今回は「頭と体をつなぐ場所」という切り口で首について考えることにしました。頭と体をつなぐことはいかにして可能なのか。上流の戦略と、現場で実際に起きていることをどうつなげばいいのか。そして、この課題においてメッシュワークの営みがどう関わってくるのか。そういうことを中心に論じてみたいと思います。
私がインターンをしている国際機関のオフィスは、マニラ・マンダルヨンのとある通りに面しています。毎朝この道を歩きながら出勤していると、ここに驚くほど多くのものが集まっていることに気づきます。わたしが働いている国際機関の本部ビル。フィリピン最大級の銀行グループの本部。そして東南アジア最大級のEコマース企業のフィリピン本部もあります。国際機関、銀行、デジタル経済というお金の流れの太い動脈が、徒歩五分にも満たない距離に集まっているのです。歩いていると、この通りそのものが、フィリピンという大きな体の「首」のように見えてきます。首は、頭と体をつなぐ場所です。首を通らなければ血液も酸素も、体のどこにも届きません。

インターンをしている国際機関のオフィスがある通り
わたしが働いている国際機関がマニラに本部を置いているのも、本来は頭と体の差を縮めるためのよき首になるための選択でした。当事国の課題を外から眺めるのではなく、当事国の真ん中に身を置き、当事国自身の目を通して見るべきだという理念は、本部内にあるギャラリーに掲げられています。
けれど正直に言うと、わたし自身がそれをどれだけ実践できているかはかなり怪しいところがあります。当事国の中にいるだけで、本当に「内側から見ている」ことになるのだろうか。
この頭と体をどう橋渡しするかという問いは、開発の歴史のなかでずっと議論されてきたことでもあるようです。Scott(2020)は、国家や大規模な開発計画が好んで用いる、数値化され文書化できる普遍的な知識を「テクネー」、土地に根ざした人々が経験のなかで培ってきた、文章化しづらい実践的な知恵を「メティス」と呼んで対比させました。スコットによれば、近代の大規模開発が繰り返し失敗してきた背景には、テクネーだけを正しい知識とみなし、メティスを「非科学的」として切り捨ててしまう態度があるといいます。開発援助の世界でも、専門家が一方的に現実を測るのではなく、現地の人々自身に語ってもらう参加型の調査手法が広がってきました。Chambers(1997)は、こうした手法を体系化し、援助に関わる専門家自身が変わらなければ、貧しい人々の現実は正しく認識されないと論じています。
ただ、メティスを拾う手法が広まったとしても、それが上流の戦略に届くまでにはもう一段の難しさがあります。Mosse(2004)は、インドの灌漑事業を十年以上にわたって追ったなかで、開発の現場で働く人たちの実際の行動が、政策そのものよりも、組織内の関係性や、政策を矛盾なく見せるための説明づくりに左右されていることを描き出しました。良い政策を構想することと、それを現場で実行可能にすることはしばしば別の作業になってしまうというのです。これはまさに、頭で語られる戦略と、足元で実際に動いている現実とのあいだに生まれるズレそのものだと思います。
先週、わたしが目を通していたのは、とある中央アジアの国における、ロシア・ウクライナ戦争の経済的影響を分析した資料でした。資料には、ロシアに渡った出稼ぎ労働者からの仕送りがGDPのどれほどを占めているか、戦争後にルーブルがどの程度下落し、それに伴って仕送り額がどれだけ増減したか、それがインフレ率や貧困率にどう影響したか、といった指標がきれいに並んでいます。けれど、仕送りが減った(あるいは増えた)家庭が日々の暮らしをどう変化させているのか、近隣同士でどんな貸し借りや助け合いが行われているのか、といった生活の手触りは、資料のどこにも書かれていません。
この資料もまた、誰かが現場で拾ってきたはずのメティスを、テクネーの言葉に翻訳しなおした結果なのだろうと考えていました。問題は、その翻訳の過程でメティスの核の部分がこぼれ落ちていないかということです。
ここで、メッシュワークの話に戻りたいと思います。メッシュワークが大切にしている「参与観察」は、まさにこのメティスを拾うための方法のひとつです。対象を遠くから測るのではなく、その人たちの暮らしのなかに実際に身を置き、ともに葛藤し変容しながら理解していく。「団地の課題を知るために実際にそこに住んでみる」「工場の現場を知るために作業着を着て中に入ってみる」といったことを私たちは積み重ねてきました。
けれどメッシュワークの仕事が本当に効いてくるのは、参与観察そのものよりも、そこで拾ったメティスを戦略を立てる人たちにも伝わる言葉に翻訳しなおし、両者のあいだを行き来するところにあるのではないかと感じています。頭と足元のあいだにより良い首をつくることこそが、メッシュワークのような人類学的なアプローチが、企業の現場に対して持っている本当の価値なのではないかと思います。
マニラでの毎日は、まだあと2ヶ月ほど続きます。首のなかに立ったまま、ただ景色を眺めているだけにならないように。せっかく首のなかにいるあいだは、足元から拾われてきたメティスを、頭の言葉になるべくこぼれ落ちるものがないように翻訳していくよき首となれるように過ごしていきたいと思っています。
参考文献
Scott, J. C. (2020). Seeing like a state: How certain schemes to improve the human condition have failed. Yale University Press.
Chambers, R. (1997). Whose reality counts?: putting the first last.
Mosse, D. (2004). Cultivating development: An ethnography of aid policy and practice. Pluto Books.
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